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現代日本で聖書を読む意味

希死念慮持ち。内容は個人的解釈です。気持ちに余裕がある時に更新します。

サーバー(侍者)の勉強 「cafe 百春 momoharu」に於いて

こんにちは。
今日は、京都中京区にあるcafe 百春 momoharuさんを訪れました。

百春 cafe momoharu
http://maps.google.com/?cid=4873027050328558852&hl=en&gl=gb

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細い階段を上がると、正面にふつうのお家の玄関があるため、引き返しそうになったのですが、その右手にお店の玄関がありました。

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落ち着いた雰囲気でカウンター席も4席ほどあり、本を読んだり、勉強したりするにはとてもよい環境でした。
店内にはうるさすぎない音量でジャズがかかっておりました。

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今日はここでサーバー(侍者)についての本を読みました。サーバーとはなにか、と言いますと、簡単に言うと祭壇奉仕のお手伝いをする役割です。
司祭(宗派によって呼び方が違ったりします。)の方が祭壇において主要な礼拝進行を行われるお側で、聖器や聖布の準備や一部箇所の祈祷書、聖書朗読などを行います。
様々なものに名称があり、まだなかなかモノと名前が一致しておりません...。何度か読み直す必要がありそうです。

追伸:
cafe 百春 momoharuの近くに、紹介がないと入れない村上開新堂というお店がありました。そのお店は作れる数が限られているので、これまでのお客様、紹介いただくお客様にしかお売りしていないとのことでした。
私は、これは素敵な姿勢だと感じました。これまでの、またこれからの人と人との繋がりを大切にし続けていく思いのため、このような姿勢なのではないでしょうか。
ともすれば過当競争となりがちな現代の商売に関する姿勢の中で、一見さんお断りではなくとも、人と人との繋がりに重きを置き、お金に至上の価値を見いださないこういったお店を大事にする人がもっと増えると良いなと思いました。
どこに行っても大型デパートしかない、大型デパートしか生き残れない、時間節約至上主義が、街並みを壊し、人間性を貧しくしてきたのかな、と思わされました。