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現代日本で聖書を読む意味

希死念慮持ち。内容は個人的解釈です。気持ちに余裕がある時に更新します。

言葉にすることの重要性

こんにちは。

先ほど以下の記事を読んで、とても大切なことが書いてあると感じたので、記事を書くことにしました。

 

blog.tinect.jp

 

 

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

日本には「空気を読む」という文化があります。

その文化には、言わずとも伝わる、という良い面があるのかもしれません。(言わずに伝わった場合には)

「空気を読む」に追随して、「背中を見て学べ」「行動を見てわかれ」という文化もあると思います。

 

しかし私は、これまでの人生の中で、言葉にしなかったから敵意が生まれ、状況を悪化させた例を幾度も見てきました。

良かれと思ってやったことが、事前に伝えていなかった為、反感だけを買うことになり、双方が敵意を抱いた例。

時間を尽くして仕事の分配を決めたが、分配を決める過程が十分に知らされていなかった為に、不満が噴出し、「あれだけ苦労して作ってやったのに」とお互いが敵意を抱く例。

 

「言葉」というものは不完全なものです。

「思い」もまた、思いがけない伝わり方をすることがある、不完全なものです。

ですが、「不完全だから」と言って、察しろ、空気を読め、ではいつまで経っても相互理解は深まらず、私の見てきた例のように、双方が敵意を育んでしまう土壌となりかねません。

 

そして、「言葉」を上手く使って意見の伝達、話し合いを行うためには、

1、否定しないこと

「相手の意見を、相手の意見として受けとめること(自分と異なるからといって、否定しないこと)」

2、場の空気を和やかに保つこと

「感情的にならないこと(怒る、あしらうなどの行為をしないこと)」

3、それぞれの意見を尊重すること

「一人ずつが話し、一人が話している時は、基本的にその人が話し終わるまでその人の意見に耳を傾けること(助けの手を差し伸べるのは良いが、遮って自分の意見を言い出さないこと)」

 

会議の時、子供との話し合いの時、大人同士の問題解決の時、恋愛関係の揉め事の時、どんな時でも、人が2人以上集まれば、この3つが大切になってくるのではないかと思います。