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現代日本で聖書を読む意味

希死念慮持ち。内容は個人的解釈です。気持ちに余裕がある時に更新します。

”愛がなければ、いっさいは無益" コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章3節から10節

”愛がなければ、いっさいは無益"
コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章3節から10節

13:3たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
13:4愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
13:5不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
13:6不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
13:7そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
13:8愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
13:9なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。
13:10全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

[個人的解釈]
預言:話している相手に伝わるように話す言葉
異言:大切な意味を内包しているけど、外部の人に伝わりにくい表現の言葉
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こんにちは。
僕が敬愛してやまない、いばや通信というブログの筆者、坂爪圭吾さんが、こうツイートしておられました。

坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) tweeted at 8:05 p.m. on Tue, Jan 31, 2017:
明日死ぬかもしれないんだ。これを言ったら恥ずかしいとか、クサいなとか、イタいなとか、そんなことを言っている場合じゃない。自分に恥ずかしくない生き方をするということは、多分、恥の多い生き方をするということだ。湧き上がる感情を、勇気を、命を、出し惜しみしている場合ではないのだと思う。
(https://twitter.com/KeigoSakatsume/status/826385987529871360?s=03)


僕は、「愛」という言葉は
「自分の心からの思いと言葉を、他者に伝えていく中で生まれる、人と人との暖かい繋がり」
のことを表していると感じています。

今、以前の僕のように、将来のために、お金のために、自分の心を圧し殺している人が、たくさんいるように思います。
けれど、そんな必要はないんじゃないかと思います。

「心を殺して長生きするより、今を生きて心を活かす」

僕は、長生きは特にしたいと思いません。
年金を貰える年まで生きたいとも、特に今は思っていませんが、
今の生き方を続けて、もし僕が65や70まで生き長らえたら、その時は多分年金など無くても生きていけると思っています。

何故なら、「今を生きて心を活かす」という手段を選んだ途端に、心から助け合いたい、共に生きていきたいと思える方々に、次々に出会えるようになったからです。

僕の転機に、泣いて喜んでくれる方
心が疲れ顔を上げられない時に、深夜まで連絡を取り合ってくれる方
3時間も4時間も時間を割いて、真剣に僕の話を聞き応援する言葉をかけてくださる方
僕に心からの寄り添う言葉をかけ、慕ってくださる方
僕の価値観を理解し、否定せず共に語り合ってくださる方

それら全ての人に心から感謝しています。彼ら、彼女らに出会えたことで、僕はもうほとんど自分の人生に満足しています。

でもそういった方々に出会えたことは、考えてみれば当たり前のことだった、と気づきました。

これまでは自分の価値観を殺して、「”世間様”の価値観」で生きてきました。そうすれば、”世間様”の価値観を持つ人としか基本的に出会えません。そして、僕の本当の価値観と合う人とは出会えません。

けれど、「自分の本当の価値観」に注意深く耳を澄まして、発言、行動、発信して、生きていくようにすれば、自分と本当に共鳴する人々、また、多様性を許容できる「本当の意味で大人」な人々と出会えます。
(「本当の意味で大人」でない人々(他者の気持ちを考えられず自分中心の思考しか取れない人々)とは、距離を置くことをお薦めします。あなたが無意味に傷つくだけだと思いますし、これから先、そういった人々は淘汰されていくと思いますので)

けれども世の中には”世間様”の呪いにかかって、
「これを言ったら恥ずかしいとか、クサいなとか、イタいなとか、そんなことを言っている」(坂爪圭吾さんのツイートから引用)人々がたくさんいます。



僕は、「愛(その人の心からの思い)がなければ、いっさいは無益」だと思います。お金も、家も、土地も、人間の存在も、世界も、生きていることも。
ここで言う「愛」は、他者にだけ向けられるものではありません。自分自身を大切にして、自分の心の声に耳を澄ますことでもあります。

どうせ明日や一週間後、1ヶ月後に死ぬかもしれない地上の身なのです。
あなた自身を大切にして、心からの思いを大切にしてみてはいかがでしょうか。
”世間様”の呪いは強いです。しかし、一歩足を踏み出してみるとその呪いから抜け出た人がたくさんいます。
それでも不安に過ぎると思います。僕もそうでした。
よかったら、僕をその窓口としてお使い下さい。
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祈り
主よ、私を使って、かつての私のように、悩み苦しみ悲しみを抱える人々を慰め、周りからの理解という救いをお示しください。。そうしていつか、全ての人々が互いに想い合えますように。アーメン(そのようでありますように)。