現代日本で聖書を読む意味

希死念慮持ち。内容は個人的解釈です。気持ちに余裕がある時に更新します。

”人のいのち(存在・価値)は、持ち物によらない”

久しぶりの更新となってしまいました。

新生活の中で騒がしく、記事を書く時間と気持ちの余裕がない日々を送っていました。しかし、今までのところ有難いことに、充実した良い時間を過ごすことができています。

昨日は、瑠璃光院、ルイ・イカール美術館というところにお邪魔し、新緑と豊かな大気、アール・デコの絵画に心落ち着く体験をしてきました。

自らの心を充足させるような”体験”(うつくしいと思う体験との出会い、心落ち着く場所・人、大切に思う人との繋がり、人の暖かさ、など)を大切にしたいと、改めて思うことができました。

 

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”人のいのち(存在・価値)は、持ち物によらない”

ルカによる福音書12章15節

12:15 それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。

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持ち物(お金、肩書き、名誉、注目、物質資産)が、手の内を豊かにすることはできても、持ち物そのものによって心の内を豊かにすることはできないのではないか、と思います。

心の内を豊かにする、言い換えれば、「肉体のいのちが終わる時、満足して死ぬことができる」ためには、天の宝(自身の穏やかさ、人との暖かい繋がり、繋がりという資産)が大切なのではないか、と思います。

 

まず自分と、次に大切な人々、さらにその大切な人々から繋がる人々が、心穏やかに在れるために、ゆったりと過ごすことに総力を挙げたい所存です。

 

1日1日、自分を大切に甘やかす。

そして柔らかな思いをつなげていく。

 

そう、あれますように。